温故知新ーソーシャルアパートメントは現代型最新共同住宅システム

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ソーシャルアパートメントは個と公のバランスを自分で調整できる住空間

 

コワーキング、シェアハウスといった、新しい形で空間を共有する人々が増えている。
最近、注目を集めているのが、シェアハウスは楽しそうだけど、自分の時間や空間はマンション並に確保したいという人たちのための新しい一人暮らしのスタイル「ソーシャルアパートメント」だ。
コンセプトは「プライバシーを守りながら入居者同士が集うラグジュアリー空間でコミュニケーションを楽しむ」ことができるという住宅。

ソーシャルアパートメント事業を行っているのは、株式会社グローバルエージェンシーで、マンション内にラウンジやキッチン等の交流スペースを設け、住人同士の自発的な交流を誘発する住居形態を通し、一人一人が、自分に合った個と公のバランスで生活ができる住宅を提供している。

人と一緒にいたい時と、一人でいたい時を、自分の意志で創り上げることのできる居住空間として、若者の新しい住まい方をデザインしているといえよう。

 

昭和の日本人の憧れアパートメント

 

こうした若者たちの新しい住まいの先駆けとして思い浮かぶのは、老朽化のため、2013年、上野下を最後に、すべて撤去された同潤会アパートだ。

1923年(大正12年)に発生した関東大震災の復興支援のために設立された団体、財団法人同潤会が、住まいの耐久性を高めるべく、大正時代末期から昭和時代初期にかけて東京・横浜の各地に建設した鉄筋コンクリート造(RC造)集合住宅で、日本中の若者たちの憧れだった。

それまでの共同住宅と違い、エレベーター・水洗トイレなど最先端の設備をそろえていた物件もあり、東京文京区にあった同潤会の「大塚女子アパート」は女性の単身者専用の物件で、ミシン室やサンルームがあり、働く若い女性の憧れの住まいとなった。

かつての集合住宅は、長屋と称されるような、水回り(風呂・便所・洗い場)、理髪店、屋上の共同洗濯場等といった施設を共同で利用し、住む人の顔が見える生活空間であった。

また、近代産業の転換で、職人層は職工へと変化を強いられ、職人達は問屋に品物を卸す仕事ではなく、店を構えて品物を売らなければならなくなり、職人家族全員で仕事を手伝うという必要から、職人の住宅が製作と販売を行うこととなり、いわゆる職工住宅という形で、店の上や後ろに、職人家族たちの住居の入った住まいが作られはじめた。

表参道ヒルズを作り出した森ビル森稔社長は、学生時代、初めて表参道を訪れた時、表参道の同潤会アパートを見て「こんなところに下宿できたらいいな」と想いを馳せたという。
残念ながら家賃が高く断念したというが、その憧れの同潤会アパートを表参道ヒルズとして開発することになった時には「夢みたいだ」と述べている。

同潤会アパートは、子どもが大きくなれば勉強部屋として独身部屋を借りたり、独立した若夫婦には新婚向けの部屋を借りたりできたという。
バラエティ溢れる間取りのものが用意され、コミュニティの人間関係を維持したまま、ライフサイクルの変化に対応できた。

 

温故知新のビジネスモデル

 

同潤会アパートの特徴は、共同食堂を造り、住民同士のコミュニケーション向上を図り、子どもの遊び場を作ったことにある。
つまり住む人たちが、それぞれの成長を見守り喜び合うコミュニティが形作られていったのだ。

長く続いた同潤会アパートは、同じアパートメント内で転居したいと思わせるほどに、住み心地のいいコミュニティが形成されていたのであろう。

グローバルエージェンツは、住人同士のコミュニケーションをコンセプトとした「集まって住む」ことの新スタイルを提唱しているが、根本を探し求めると、日本のアパートメントとして長く継続された同潤会アパートにも同様のコンセプトを見ることができる。

そこには生育するための家族というコミュニティから、自立して働き生活をする上での新しい安全地帯であるコミュニティはなんだろうか?という視点であろう。

流行は繰り返し、歴史も繰り返す。
ライフサイクルの変化にも応じて、住み続けられるためのコンセプト作りは、ビジネスプロデューサーの腕の見せどころではないだろうか。

古きを温ねて新しきを知る

目新しく見えるものの奥に、古(いにしえ)が見え隠れしているように感じる。

(PHOTO:グローバルエージェンツHPより)

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