スイスからセレブがいなくなる?税制優遇措置一括税廃止の国民投票
スイスには、富裕層と呼ばれる外国人のための優遇税制措置がある。
一括税制とは、外国人のスイス国外における収入や資産を無視し、生活費をベースに課税する制度で、国内で就業していない外国人にのみ適用される。
一括税の申請資格を有するのは、初めてスイスにやってくる外国人か、過去10年間スイスを離れていた後に戻ってきた外国人。スポーツ選手やアーティストも対象となる。
一括税(税額固定)制度が初めて導入されたのは1862年のヴォー州。同州に移住する裕福な外国人(主に英国人)が増えたためだった。
こうした外国人の資産、所得、課税は複数の国にまたがることが多かったため、計算が煩雑で、一括税はそれを回避するために生まれ、間もなく他の州も類似の制度を採用し、1848年には正式に一連の規則として各州に承認された。
州財務局長会議発表では、1999年にスイス在住の一括税納税者は3,106人。2008年には5,003人、2012年末には5,634人に増えた。2012年に一括税納税者の収めた税額は、最低1万フラン(約114万円)、最高823万326フラン。平均額は12万3358フランだった。
2012年、連邦政府は有権者からの反対の高まりを受けて、一括税の適用条件の厳格化を決定。2016年から、連邦税、州税の最低課税ベースは所有不動産の年間賃貸価値の7倍以上となる(現在は5倍以上)。既に最低課税ベースを引き上げた州もある。
連邦税では、一括税を申請できるのは年間所得が40万フラン以上の人に限定。
スイスで月額家賃5千フラン相当の不動産を購入した外国人は、最低42万スイスフラン(5千フランx12カ月x7倍)の税を納める。自家用車、ヨット、学費などの支出も課税額の計算の際に考慮される。
スイスには、こうした外国人対象の税制優遇措置(一括税)を設けている州がいくつかあるが、これに不公平だと訴え、この制度に反対する声も多い。11月に、一括税の廃止を問う国民投票が行われる。
チューリッヒ州にあるキュスナハトは、チューリヒ湖「ゴールドコースト」沿いの日当たりの良い丘陵地帯に広がる町だ。豪邸が立ち並び、ヨットクラブ、ミシュランの星付きレストランなどの高級サービスが充実しているこの町は、税制優遇と共に、富裕層のスイス人や外国人を大勢引き寄せてきた。
2009年に、住民投票によって一括税を廃止。この税制の恩恵を受けていた外国人富裕層の約半数が、廃止とともに去って行き、それが州全体に広がった。この町の19人の一括税納税者のうち13人が出て行った。
今年11月30日に、全国的一括税廃止の投票が行われる。投票の結果で、外国人富裕層の動向がわかるだろう。
スイスは、美しい風景、安定した政治、治安の良さ、プライバシーが比較的守られ、住宅の賃貸価値の5〜7倍の額を納税すれば、外国で得た収入には課税しない一括税は、富裕層にとっては大きなメリットであったろう。
外国人として、その地に深い愛着や根をもっていない人々であっても、地域に税制面で利益をもたらしてくれていた存在だ。
5年前に一括税廃止を決めたチューリヒ州は、201人の一括納税者のうち97人のセレブの外国人居住者を失った。転出者とともに、州の税収は1220万フラン(約14億円)減った。
現在、チューリヒ州には、100人以上の外国人富裕層が暮らし、約半数は納税額が増え、半数は減ったという。彼らの納税合計額は1380万フランで、損失額より上回った。
一括税廃止の反対派は、納税額のみで判断をするのではなく、富裕層外国人によるライフスタイルから生まれる地域経済効果のメリットをあげる。
富裕層外国人は、不動産を購入・維持し、地元産業のさまざまなサービスを利用し、レストランで食事をし、ヨットや車を地元の販売店から買い、同じく富裕層の友人を休暇に招くなどして、税金よりはるかに多くのお金を地域経済に落としている。
市町村税、州税、連邦税として8400万フランを収めるだけでなく、不動産に2億フラン、その他の地元のサービスに1億5千万フランも使っている外国人富裕層もいる。
一括納税者が多く暮らすヴォー州(1,396人)、ヴァレー州(1,300人)、ティチーノ州(8877人)は、国民投票の結果を恐れている。
税収の高い割合を占める富裕層外国人の出奔、さらに法人税が改正された場合、外国人資本の税収が、他国へ流れてしまうのではないかと。
さらに、地方の州の建設産業は、スイスに建てられる別荘の数を制限した2年前の国民投票で既に打撃を受けているという。
外国人富裕層の中には、大きな不動産投資のために、高級不動産を建ててそこに住む可能性がある。めったに使われることのない別荘がリゾート地に増える問題も避けられるが、一括税が廃止されれば、スイスに住みたい裕福な外国人の需要は明らかに減る。
ヨーロッパには、イギリスのように、外国人居住者に魅力的な税の条件を示す国があり、スイスが、このチャンスを失う恐れもあるという。
チューリヒ州の結果を見れば、人々はより有利な税制を求めて転出するだろう。
こうした一部の外国人富裕層目当ての優遇一括税制は、国民全体にとっての利益となる、確実な収入源であるのか、貧富の差を利用した金持ち迎合の不公平な税制なのか。
ビジネスプロデューサーは、このスイスの国民投票を、どう読み解くのであろうか。
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