アーティスト 仲宗根浩

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ビジネスプロデューサー協会会報誌『BPA JAPAN』第7号(2012年8月30日発行)の巻頭インタビューに掲載された記事です。

 

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プロフィール
アニメーション作家、デザイナー、イラストレーター
1971年 沖縄生まれ
1995年 沖縄県北谷町美浜で手作り雑貨屋『森海魚』オープン(オリジナルデザインの雑貨や商品が大人気)
以降、各地で個展・グループ展を開催。企業等の発行誌の表紙や挿絵の依頼を数多く受ける。
2006年 クリエイター仲間で、絵本『ライオンになった猫』を出版
スマートフォン向けコンテンツ制作で『沖縄デジタル映像祭2007』最優秀賞受賞
フランスで開催の映像祭『e-magicians』招待出品・上映
現在、和紙を使った人形アニメーション映画の企画・制作が進行中
(写真:仲宗根恵里子)

 

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小幡:早速ですが、仲宗根さんの作品を最初に拝見したのはフェイスブックが最初でした。その出会いで、子ども心がいっぱい詰まった作品にノックアウトされました(笑)実際に、子どもの頃の仲宗根さんは、どんな子どもだったのでしょうか?

仲宗根:子供の頃から絵を描いたり何かを作ったりするのが好きでした。
裏山を探検したり、友達と木の上に秘密基地を作ったり、海で泳いだり、キャンプしたり・・・。今と、やっていることがあまり変わっていませんね(笑)

小幡:そんな変わらない仲宗根さんですが、子どもの頃の夢と今の夢に変化はありましたか?

仲宗根:子どもの頃、パイロットになりたかったです。飛行機で世界中を冒険するのが夢でした。今の夢は、やっぱり世界中を旅してまわる事です。

 

小幡:世界中のものを見たり、世界中の人とお友達になりたいのは、変わらないのですね(笑)仲宗根さんが今、アートの世界にいるというのも、世界につながる手段なのかもしれませんね。アートとの出会いには、何か、きっかけがあったのでしょうか?

仲宗根:保育園のバスを待つ間、ガジュマルの木の下のベンチで、葉っぱを使って、動物を作ったり、乗り物を作ったり、怪獣を作ったりしていたのをよく覚えています。そういう子ども時代のすべてが、扉のないアートとの出会いだったのかもしれませんね。

小幡:そして、それは、どんな風に仲宗根浩という人間の中で膨らんでいったのでしょうか?

仲宗根:小学校4年生の時の先生が、図画工作の授業にすごく熱心に取り組んでくださったんですね。そのおかげで、絵を描くこと何かを作ることがもっと好きになりました。

小幡:素敵ですね。私も、実は小学校1年生の時の先生の存在が自分にとって大きな影響を与えてくださいました。こう見えて、泣き虫で引っ込み思案だったのですが、母から私が本好きで、オスカーワイルドの『幸福な王子』を諳んじて読めることを聞いて、国語の時間にみんなの前で暗誦させられたのですね。それが、自分の自信につながって、お友達からの私への見る目が変わって、それから、他のことにも自信をもって向かうことができるようになりました。

 

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子どものままの世界

小幡:環境というものは、子どもにとって、すごく大事ですよね。仲宗根さんが生まれ育った沖縄という土地が与えたものってありますか?

仲宗根:沖縄の日差しの強さからくる、自然の色合いの美しさや南国特有の大らかさ、貿易国家であったことからくる多様な文化や歴史。そして、それと同じくらい深い影の濃さ、死生観に深く根ざした文化。それらが、僕の中でグルグル回り続けている感覚があります。

小幡:自然そのものが、仲宗根さんを創っているのかもしれませんね。ご両親は、どのような方でしょうか?そして、影響を受けたことはありますか?

仲宗根:父は、靴職人でした。それ以外にも何でも作る人でした。父が若い頃に住んでいた瓦屋根の家は友達数名で建てたそうです。釣りも得意で、自分よりも大きな魚をよく釣っていました。母は、洋裁の仕事をしていて、料理も上手でした。
スパイス料理を覚えたての僕が、そのスパイスのレパートリーを自慢しに母のところに行ったら、全部、庭に生えたんです(笑)何かを作るという環境に恵まれていたと思います。

小幡:家庭環境もクリエイティブなのですね。仲宗根さんが、ご自分の描いた絵を収める額まで作っちゃうのも、ご両親から受け継いだ才能かもしれませんね。今、BPAの会員の方の中で、丸太小屋を作る計画をしている方もおられて、わくわくしています。仲間って、最高にわくわくドキドキの存在ですよね。

 

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ISHICOLONYのプロデューサー加藤哲也さんとの出会いはいつでしたのでしょうか?
また、ISHICOLONYは、仲宗根さんにとって、どんな場所ですか?

仲宗根:加藤さんとの出会いは、facebookで加藤さんの作品をみて共鳴し、コメントを残したのが最初だったと思います。ココロの根っこの処にある世界を共有している感覚があります。
ISHICOLONYの仲間は、例えば、地球環境を語る前に、まず地球と仲良く遊ぶことから始めるような人達です。
心の通う家族や親しい友人を思うように地球のカケラに愛情を注ぐ素敵な人たちです。大切な家族です。

 

無一文って怖くなかった?・・・人間、お金がなくても簡単にくたばらない

小幡:ココロの根っこを共有する家族というイメージは最高ですね。
核を共有し、そこに愛がないと、本当に大切な場にはならないですよね。
仲宗根さんはアートで身を立てる!と決意されてから、車上ホームレスを自称されますように無一文で放浪されていらっしゃいましたが、その放浪時代に、自分を支えたものはなんだったのでしょうか?
無一文って怖くなかったですか?

仲宗根:放浪時代、車にのって日雇いのバイトをしながら、日本中の公園で寝泊まりしてました。履歴書にも〇〇公園って書いて出してました。笑って採用してくれるあたたかい会社に巡り会うことが出来ました。公園に住んでるオッチャン達と酒飲んで騒いだり、身の上話を聞かせてもらったり。素敵な時間を沢山貰いました。
お金が無くても人間、簡単にくたばらないものだなと思いました。

小幡:すごいなあ。なぜ、あきらめないで続けることができたのでしょう?

 

あきらめたら楽しい毎日は終わる

 

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仲宗根:絵を描く以外、物を創る以外、何の取り柄もない人間なので、あとは、それで生きていくためにはどうしたらいいか、どうしたら大切な人達と楽しく暮らせるかしか考えてないです。
あきらめたら、楽しい毎日が終わりますから、その選択肢はないです。

小幡:自分を強い人間だと感じておられますか?

仲宗根:強い人間ではないです。周りの方にお世話になってばかりです。いつも楽しそうだなとは言われます。楽しいです(笑)

小幡:私は仲宗根さんの作品から、作者である仲宗根さんに、やさしさと強さを感じるのですが、その強さの理由はなんでしょう?

仲宗根:強さの理由はわからないです。でも楽しく生きるために必要な努力は惜しみません。

小幡:漠然としてごめんなさい。「好きなもの?」と言われたら、真っ先になんと答えが出てきますか?

仲宗根:うちの奥さんです。大好きです。

小幡:素敵☆それは最高ですね。大好きっていえる理由ってありますか?

仲宗根:お互いに、『ありがとう』の言葉は素直に言えることですね。でも、『ごめんなさい』をいうのが苦手です(笑)
よくケンカもしますが、一緒にいて、とても居心地がいいです。

小幡:それは理想のカップルですね(笑)仲宗根さんに影響を与えた本って、ありますか?

 

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仲宗根:銀河鉄道999、ミヒャエル・エンデの『はてしない物語』です。
大きくなったら旅に出るんだって決めてました(笑)

小幡:それが子ども時代のパイロットの夢や、今の世界を旅する夢につながっているのですね。じゃあ、今、アートの世界にいる仲宗根さんにとって、アートってなんでしょう?

仲宗根:アートは、僕にとっての言葉です。大切なコミュニケーション手段です。

小幡:仲宗根さんの出された絵本『ライオンになった猫』のコンセプトブックは、大変に素敵な作品だと感じております。まさに読者に夢を与える言葉を感じます。この絵本が形になるまでの経緯などを教えていただけますか?

 

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仲宗根:ネットで知り合った、JUKの詩に共鳴して絵を描いたのが始まりです。
同じように共鳴したクリエイター達と、それぞれの思いのままのココロをカタチにしたのが『ライオンになった猫』のコンセプトブックです。

 

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小幡:仲宗根さんの作る猫ちゃん(『ライオンになった猫』写真参考)に大変、感動しておりまして、新たに、今、和紙を使った造形アニメーション映画の制作をされていらっしゃるとお聞きして、わくわくしております。その辺りを差し障りない範囲で教えていただけますでしょうか?制作されていて苦労とか喜びがありますか?

仲宗根:アニメーションには、たった数秒間の映像でもそこに無数の世界の連なりがあります。作品に時間という要素を与えてくれる素敵なアートです。
和紙の人形でアニメーション映画の企画を進めていて、物語を通して主人公たちの成長を描きたいと思っています。
制作中のアニメーションのタイトルは『ジャンク・ヤード幽霊城の謎(仮)』です。今後の展開については、スマートフォンやiPad等のタブレット、PCで視聴していただけるよう、世界に向けてネット配信していく予定です。
とはいっても、予算や、その他諸々クリアしなければいけない事は山積みです(笑)
ただ、自分たちのビジョンとして揺るぎないのは『アニメーション映画を創って世界に向けて配信しビジネスとして確立する』という意思だけです。
あとは、ココロに浮かぶイメージに向けて進むのみ!!目的地までの道程を目一杯楽しみたいと思います♫

 

イメージに向けて進む

小幡:まさにBPAも「ビジネスで日本から地球を元気にする」というビジョンの元、地域活性化やコミュニティの復活により、自分たちのできることを精いっぱいにしようという仲間たちが集まって進んでいます。仲宗根さんの映画制作にも同じ感覚が感じられて心強いです!
そして、先ほど、お話のあった絵本『ライオンになった猫』のコンセプトブックは、ビジネスを越えて商売抜きに作られた作品といわれておりますが、仲宗根さんは、ビジネスという言葉から、どのようなイメージを受け取られすか?

仲宗根:コンセプトブックは集まったクリエイターのココロのエネルギーそのものといった印象があります。料理に例えるといわば天然の素材です。
ビジネスは、その素材を料理し、お客様のもとへ届け、対価を受け取り、繰り返しご購入いただけるような仕組みを作っていくこと、もしくはそれを運営していくことだと思います。
ですから、どちらもとてもクリエイティブなものだと感じています。

 

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人間らしく

小幡:仲宗根さんのもつ、しっかりとした自分の定義を感じます。とても素敵です。これまでで、一番影響を受けたと思う人はいらっしゃいますか?

仲宗根:プライベートで影響を受けたのは、うちの奥さんです。

小幡:おおお!素敵☆素敵☆

仲宗根:(照)彼女には、女性の視点で物を観る事の大切さを教えて貰いました。奥さんのおかげで、少し人間らしくなりました。
仕事の面で影響を受けたのは、那覇の国際通りに数店舗の店を構えている『くば笠屋』の社長です。歳も近く、お互いにお互いの仕事を始めた頃、貧乏だけれど夢だけはたっぷり語れた頃からの仲間です。
沖縄の伝統民芸品であるくば笠作りの数少ない職人でもあります。
人として経営者として、とても尊敬しています。大切な親友です。

小幡:愛する人。そして尊敬できる人と仲間でいられるということは、本当に最高の人生ですね。人間として、大事なことはなんだろう?って、思いますか?
仲宗根さんにとっての、その大事なことを教えていただけますか?

仲宗根:お互いに理解しあえるよう勤め続ける事だと思います。
大切な人とは、たとえ話が平行線に感じることがあったとしても、理解し合う努力を自分から放り投げてしまう事のないようにしています。
誰とでもそういう関係を築けるほど偉い人間では無いけれど、自分の大切な人達に対して感謝の気持ちを忘れないようにしたいと思ってます。

小幡:本当にとても大事なことですよね。仲宗根さんは、そうして人を大事にされて、人間を大好きな人のようにお見受けいたします。どうして、そういう自分になったのだろうと思われますか?

仲宗根:僕はとても未熟者なので、すごく無様でみっともない自分を晒してしまう事が多々あります(笑)
そんな自分を暖かく受け入れてくれる人達に囲まれている自分をとても幸せだと思います。僕も周りの人達に対して、そうありたいと思っています。

 

自分をさらけ出し理解する

小幡:本当にそうですね。傍にいる人たちと、そのいい循環を生めずに悩まれる方が多いので、自分を隠したり騙したりしながら、上辺でしか付き合うことのできないビジネスが生まれてきてしまうのかな・・・って思います。自分をオープンにするって、まず自分が始めることで、喧嘩があったり、嫌だな、みっともないなあって感じたり、感じさせたりすることがあると思うのですが、それを畏れない仲宗根さんだからこそ、素敵な人の心交わる循環が生み出されて、自分の真実の言葉で関わることができるのでしょうね。
好きって言葉は、とてもしあわせな気持ちを生む感情であり、言葉だと思っているのですが、絵を描くことと、お人形などを作ることと、好きの度合いって違いますか?

 

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仲宗根:表現の違いだけで、どちらも大好きです\(^ ^)/

小幡:BPAに集まる人も「自分はこれで生きていく!」という強い思いを持たれている方が多くいらっしゃいます。仲宗根さんが「これで生きていく!」と決めた自分について、教えていただけますでしょうか?

仲宗根:絵を描くこと物を創ること以外に取り柄が無い人間なので、それ以外の選択肢はありませんでした。それは僕にとってとても幸運なことだったと思います。悩まずにすみました(笑)

小幡:さまざまな人との出会いが、今の仲宗根さんを作ってこられたのだと思います。この人だと、思う方がおられましたら、エピソードをお知らせいただけますか。

仲宗根:この仕事を始めてから、沢山のお客様と直に接する機会に恵まれました。フリーマーケットで販売してる時は、目の前を普通に歩いていた方が、急にフラフラと作品の前に座り込み、『目があったのでこの子をください』と言って、流木の人形のオブジェや絵を買ってくださったり、(不思議なことにこういう事が多々ありました)。
当時色彩も抑え目で、特に喜怒哀楽を表現することのなかった僕の絵も、出会った方々とのやりとりの中で、しだいに色数や笑った顔が多くなっていきました。ですから、僕の絵は、出会った沢山の方々とのコラボレーション作品なのだと感じています。

小幡:仲宗根さんの作品は、やはり、人を惹きつける魅力に満ちているのだと感じます。ビジネスでは、まったく価値のないモノや魅力のないものを、宣伝や広告をかければ売れる!と、過去の愚かな大衆目当てのビジネスが横行し、今、そのツケが、日々を精いっぱいに生きる中小企業の経営者や個人事業主に回されているように思います。
今の社会を「悪い、悪い」という人が多いですが、札束で、人の頬を打って思い通りになる時代は終わり、そういう企業でただの歯車や時間をお金で縛られた生き方が変わる、むしろ、これからの未来は、やる気のある人、一歩を踏み出す勇気のある人、実際に行動に移してしまう人にこそ、明るい、自分の能力を思い切り使うことのできる時代になると思っています。
仲宗根さんの映画制作は、作品の主人公ジャンクという男の子の成長によって、未来にある(実は大昔から変わらない)ほんものの人間の姿を見せていくために、とても価値あるプロジェクトだと思います。
とてもとても、楽しみにしています。BPAでも、ご一緒にコラボできる体制を創っていきたいと思います。

仲宗根:ありがとうございます。作品について、小幡さんとやりとりの中で〝大人になるための死″という言葉がとても深くココロに染み込んできました。
今回、ジャンクが旅立つにあたって、子どもが成長する過程で一時的に必要となる〝移行対象″を象徴するアイテムとして、蔡老人と山姥から〝魔法の服″と〝魚に変えられた酒の器″をプレゼントされるのですが、魔法の服や、魚にジャンクが助けられるシーンや、大人になる過程で、その移行対象をキチンと卒業するエピソードを入れたいなと思っています。
小幡さんから頂いた〝大人になるための死″という深いキーワードからとても大きなインスピレーションを頂く事が出来ました。

小幡:私の方こそ、仲宗根さんの作品を拝見させていただくだけでココロが豊かになります。生きることって、水や空気、食べ物、環境とともに、ココロが豊かに元気になれないと生きていけないと思うのですが、仲宗根さんの作品には、そういう人を元気にさせる力を感じます。子どもたちに絵本やアニメーションで、そうしたココロの豊かな記憶の引き出しを、たくさん与えてあげられる人だと思います。作品ひとつひとつが愛おしくて、心から仲宗根さんに感謝です。そして、仲宗根さんが生きていること、生み出されたご両親、支えている奥様をはじめ、周囲の笑顔いっぱいの方がた、みんなに「ありがとう!」って言いたくなります!

仲宗根:「ありがとう!」(笑)

 

《インタビューを終えて》

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– アーティスト・クリエイターから学ぶ –

BPAの会報誌は、アーティストやクリエイターから、自分なりの学びを受け取ってもらいたいと思いながら、毎号を作成しております。今回の仲宗根氏の作品と出会った瞬間に、ココロが響き、なにかがうごめくのを感じました。仲宗根氏が、かつて仲間たち(BPAではプロジェクトチームが、それに当たるかと思いますが)と、『ライオンになった猫』のコンセプトブックに書かれた「未来に引き継がれていく価値あるものを」というコンセプトも、BPAのビジョンに限りなく等しく、さらにアートというものは、受け手の感性によって何倍にも膨らんで、育ちゆく、まるで雛鳥の巣立ちに近い、生命の成長を意味するのではないかと感じます。
毎号のアーティストたちのインタビューから、答えを求めるのではなく、決められた枠で物事を捉えるのではなく、受け取る人が、それぞれに自分にとって価値あるものを受容してくれたらいい!と思っております。答えは、ひとつではない!個々の人間にある!と思っております。

仲宗根氏はアーティストを志し、全くの無一文で車上ホームレスしながら仕事していたと言われます。最初は、フリーマーケットで描いた絵や流木のオブジェを売るとこから始められ、現在は、デザインを商品化し、デザインの権利そのものを商品としています。BPAが、プロジェクトを海外に売却し、現地で日本の技術やノウハウを広め、そのロイヤリティをつかんでビジネスをするという感覚とも共通のビジネスセンスもお持ちです。
それによって、自らが一番大好きでやりたい作品創りに専念できるようになられたといわれます。
今回の仲宗根氏との出合いは、フェイスブックですが、そのきっかけは、BPAの貴公子(プリンス)と呼ばれる、大変に感性豊かなアーティスト感覚をもつ加藤哲也氏のISHICOLONYプロジェクトのメンバーであったということでした。さらに、仲宗根氏は、BPAのトップバッターである稲泉誠氏のDMFのプロジェクトにも参加されていらっしゃいます。

 

– 距離や空間を超える伝わる力 –

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SNSの醍醐味というのは、距離や空間を越えてつながり、新たなものを生み出す力があるといっても過言ではないかと思います。『ライオンになった猫』も同じくSNSから生まれたクオリティの高い作品です。商業主義のビジネスでは採算を元に、切り捨てられてしまう作品を、自分たちだからこそ創り出せるという可能性の高い出会いです。ビジネスにおいても、昔々のビジネスは、本当に届けたい誰かのために生み出されてきました。
『くまのプーさん』しかり、自分の大切な生きている上で、止まってしまっていては、絶対に風は起こりません。時に疲れた時は、愛する人や仲間に支えられ、また自分の生み出したものから逆に元気をもらい、そして、次の日の朝に生まれ変われば良いのです。
最高の笑顔の持ち主、仲宗根浩氏からいただいた言葉です。

「とにかく何でも自分が動かなきゃ前に進まないですし、毎日が戦いの連続!笑ってなきゃやってらんない感じです(笑)」

 

 

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