BPA JAPANは、ビジネスプロデューサーという存在にフォーカスしたビジネス情報サイトです。運営は、一般社団法人日本ビジネスプロデューサー協会の事務局運営を受託している株式会社クラブマネジメントが行っています。

圧倒的な強さでKO!飛天かずひこ氏の終わりのない挑戦

567

2013年4月12日 後楽園ホールにてMEGA FIGHGT 47が開催された。

FINALにて、スーパーウェルター級に元東洋太平洋ウェルター・スーパーウェルター級王者 飛天かずひこ氏が参戦。
インドネシアのアデ・アルフォンス選手に2RでKO勝ちした。
(正確には、1R(3分)と、1分27秒という、飛天選手のエンタテインメント性にあふれた入場時の時間よりも試合時間が短かすぎますと言われるほどの、圧倒的な強さを見せた試合であった)

飛天選手の勝利のポーズをリングの後ろで、一粒種の幼いお嬢さんが、おばあちゃまに抱かれ、パパの勇姿に手を振る姿が、印象に残った。

3年前。
当時、ウェルター級は国内での試合の数も選手も少なく、飛天選手は30歳を越えたボクサーとしての既成概念に囚われた年齢の壁、様々な世界からのしがらみの中、将来の自分の姿が見えなくなって悩んでいた。
その数年前、飛天選手は、ビジネスプロデューサーの伊藤淳氏と出会い、伊藤氏からもらった手紙が、自分の励みになったのだという。
そして、娘をもち親となった等身大の自分を見てもらいたいという飛天選手との席に同行させていただいた。
奥様と生まれたばかりのお嬢様とが、家族一団となって、彼のボクシングへの情熱を、再び燃やして生きたいという強い思いを聞かせていただいたことがあった。

「試合に勝って、この子をリングに上げてやりたい!」

飛天選手は、当時、まだミルクを飲んでスヤスヤと眠る未来のお嬢様に向かって誓った。
その一心を叶えるために、所属ジムを求め歩き続けていた。
時に、心が折れそうになるくらいに悩んだ時も、それ以上に彼のためにと苦悩する奥様の姿と、いつでも笑顔をパパに向ける愛娘。その純粋な愛情に支えられ、どんなに辛い時でも基礎トレーニングを欠かさず、「いつか!」の日のためにと、腐りそうになる自分を奮い立たせていた。

2012年11月、復帰後初の8回戦として元インドネシア王者のドウィ・アメックスと対戦し、4回KO勝利。
その勝利のリング上に、愛娘を抱いて喜んだ姿を、観客席からリアルタイムで見ていたのも、伊藤氏だった。

そして、12日の今日。
飛天選手は、アデ・アルフォンス選手にKO勝ち。

その圧倒的な強さは、お見事としかいいようがない。
日々の基礎的なランニングや、3分-1分の練習メニュー、筋トレ、柔軟と、その地道な積み重ねに培われたものがあって、さらに、精神力、また、もって生まれた肉体や思考といったものが、合わさった時に、プロフェッショナルの姿が現れるのだと感じた。

彼の試合後、ビジネスプロデューサーについて伊藤氏が語った。
「皆それぞれに、自分のビジネスプロデューサー像をもっていいのだと思う。しかし、飛天選手のようにボクサーとして、あまりにも強すぎる天性の資質をもつ者は、その強さゆえに、闘う相手をみつけることが困難なのだと感じる。ビジネスプロデューサーも、切磋琢磨仕合い、互いがより向上するという人生やビジネスの好敵手となる者たちが、いい意味で闘うことが必要なのだと思う。そのために、今、かつての飛天選手が、自らのエネルギーの放出に戸惑っていたように、自分もまた、今に甘んじることはしたくないと思う。自分も含め、常に闘い続ける好敵手同士で未来は創り上げられていくのだ。」

格闘家、芸術家、伝統文化、それぞれのプロフェッショナルたちは、総じて、自らをプロフェッショナルと呼ぶ者は少ない。
なぜならば、ほんものは、常に、今を良しとせず、より上に・・・と、向上心を絶やさないからなのだ。
その向上心とは、他を落としめるような卑怯なことはしない。
ひたすらに、自分を磨き、好敵手を磨き上げる日々を喜ぶことのできる人間なのだ。

日本一、世界一のベルトを取る!と、次に向けての目標を誓った飛天選手の今後が楽しみだ。

コメントは締め切りました。